牛の鈴音
今日、月曜日は代休。 ずーっと見損なっていた韓国のドキュメンタリー映画「牛の鈴音」を観てきました。 普通は15年が寿命と言われている牛なんだけど、 この爺さんの牛は40年以上生きて、 30年間労働する牛として最後まで働いて死んでいくの。 爺さんは79歳、連れ合い76歳の婆さんの愚痴が全編に流れるの。 「あんた、なんで農薬を使わないの? こんな苦労させられ続けて、あたしゃ不幸だよ。」 「農薬は使わん。農薬を使うと牛に食わせる草が毒だらけになる。」 「なんで、飼料をかわないのさ。 わざわざ朝から牛のために餌を作らなきゃならないの。 あんただって足が痛いし苦労するじゃないか。」・・・・ 二人はそんな愚痴の流れる中、草を取り、 よその田んぼは機械で作業をするのに牛で土を耕し、 手で苗を植えて、また田の草を取り、唐辛子を育て、 牛の餌の草を担ぎきれないくらいとって、牛に引かせて家に戻る日々。 具合が悪くなり、 二人は町の医者のところまでヨロヨロ進む牛の荷車で出かけ、 「体を休めなさい」 と診察を受け、遺影用の写真を撮り、また村に戻って、働き続ける。 「休むのは死んでからできる。」って。 でも、とうとう牛の最後はやってきて・・・。 牛が運んできたたくさんの薪や牛の首から外された鈴。 牛の亡骸は土に還され、愚痴だらけの婆さんは爺さんを思いやる。 爺さんの農と牛に対する頑固さが 「営み」とか「労働」とか「生きる」ってこういうことなんだって 教えてくれてるようでした。 農業が、機械や薬や飼料などの効率のいい産業とは無縁の働く姿でした。 題字を書いたのは、菅原文太さん。
いつ頃からか 「続けることが人生」と思っている 大きな偉業の話ではありません 日々の暮らしの中の話です 厄介なことに、10年続けても一度続けることをやめてしまうと それは見事に霧散する どんな小さなことでも続ければその人の人生になる 「牛の鈴音」の爺さんはまさにそうらしい 最後は届くんですよ、続ければーーー
唐津から映画館のある佐賀に行くまでの景色は、 田植えされたばかりの美しさです。 行く途中ラジオで「アンダンテ〜稲の旋律」の映画の 原作者の話があっていましたが、 作者の体験をもとに農で人が再生していく様子を描いたそうです。 何か大事な物を欠落させたまま大人になったり、 大人になっていく過程で張り詰めてプツッと一時停止状態になったり、 動けなくなったり、何かに麻痺してしまったり、お金がすべてになったり・・・・。 人と自然の営みという基本に戻っていって、 「身の丈」を知るって大事だなと思いました。 キーちゃんが言っていた「田舎力」みたいなものかな。 九州自動車道路のIC付近では、 口蹄疫対策で車の消毒エリアが設けられています。 あの爺さんの牛はなんて幸せなんだろうと思います。
紫陽花もいろいろです。 昨日の日曜参観では、高校生平和大使を招いて講演会でした。 大成功かな。「微力だけど無力じゃない」は 我が校でもスローガンになりそうです。 午後は親子レクでミニバレーボール大会でした。
「微力だけど無力じゃない」 いい言葉だね 慢心はしていないし、でも確固たる自信を感じる 「続けることが人生」にはぴったしの言葉です
選果落ちしたトマトは1kg200円です。 JAに勤める保護者が連絡してくれます。 トマトだけで一品になるくらい完熟でおいしいの。 だいたい、朝食はこういったトマトなんかの野菜と バナナジュースとガッテン流の目玉焼きと味噌汁とご飯と漬け物か、明太子です。 「醤油ににんにくを漬けてこれがまたいい」 といつかキーちゃん書いていたでしょ。 去年の10月頃私も漬けました。 いやー、これは炒め物なんかにちょいと入れるだけで風味が増し、 なんとなく「本格的」になりますね。
私の体重計はタニタではありません。 身長を入力すると体脂肪率が出てくるだけです。 2週間で1kg減です。 土日が増える傾向にあります。 飲み食いがドカッとなります。 言い訳の欄には食べたものや 飲んだBeerや焼酎やワインやらの量を書くようにしています。 今の目標は「食べ過ぎない」「もうちょっと・・だけどここで止める」です。
今日は、明後日からの期末テストを作らないといけなのですが、 「牛の鈴音」の余韻で、なかなか進みません。 アイロンがけも掃除もまだです。 夏至とはいえ、もう夕方です。 Beerの似合う時間帯になってきました。 優先順位がつけられないまま夜に突入しそうです。