やせるスイッチ太るスイッチ 準備完了
修学旅行のスナップ写真に、私のもたまにあるのですが、 見事に腰腹周りが<中年の体型の典型>で、 年々確かなものになっていっていることに気づきはしていたのです が・・・。先日の「ためしてガッテン」以来、 構想を練り、アマゾンで50g単位で計れる体重計を注文し、 本日手元に届きました。 で、今日の昼食は<さよならドカ食い>ではありませんが、 朝の校区内清掃と採点事務を終えた慰労も兼ね、 お刺身コロコロと冷ややっことひじきの煮たのと ご飯とをドバーっとビール付きで頂きました。 夕食もアサリがあるので 「暮らしの手帖」に載ってたレシピでアサリのパスタと、 コリコリホルモンと大根サラダと白ワインにする予定です。 Tシャツ1枚で150gはかるくいっちゃいます。 お風呂に入って夕食をだらだらとるので、 寝る前に計ることにしようと思いますが、 そこで服を脱ぐのも面倒かなぁ、 これからは寒くないから平気かなぁ、・・・などど 計る時をどこにしようかなぁ、と考え中です。 朝と夜とで楽しんでみようと思っています。
ハハハ、「準備万端結果を御覧あれ」ですね オイラも「ガッテン」しなきゃあね スタートが遅いぞ!こりゃあ!
裏庭のトマトもすくすくと成長中です。 明後日まで教育相談が続きます。 「困ったことない?」なんて生徒に聞くわけですが、 そんなに「実は・・・」などど何かを打ち明けるわけでもなく、 ただ、「勉強たいへんだもんねぇ・・」 「このごろいい感じじゃないの?」・・・などどいった 世間話みたいなことをするのですが、 結構、一対一で疲れないわけはありません。 放課後約1時間です。 好きな人のこと、勉強のこと、自分の性格のこと・・・、 家族のこと・・・、「ファイト!」です。
そんな中、ほぼ日の12周年の記事に <・・ 12年、12年、12歳、12歳と呪文のように唱えていると、 「ほぼ日」のことを考えながら、 じぶんというものの12歳をイメージしはじめてしまったのです。 12歳のじぶんというのは、 小学校の6年生であり、中学の1年生です。 あんな背丈か、あんな生意気さか、あんな無力か、あんな可能性か、 あんなよろこびか、あんな悲しさか‥‥。 「ほぼ日」というチームや、「ほぼ日」という存在について、 もっと抽象的にも考えられたと思うのですが、 具体的で肉体的なじぶんの12歳のことばかりが、思い出されてなりません。 「ほぼ日」とじぶんの12年を同じように考えるのは、 ほんとはまちがっているのかもしれませんが、 10年のときや、11年のときとちがって、 この12年には、どうやら、肉体的なものさしを当ててみたいようなのです。 あんな背丈の、あんな生意気さの、あんな無力な、あんな可能性をもった、 あんなよろこびを感じ、あんなふうに悲しむ12歳が、 これからの新しい一年をやっていくんだ。そう思えてなりません。
「ほぼ日」のすごさは 糸井重里という人間のすごさだと思う いつも頭が下がるよね 12年間の付き合いだけど 糸井さんとは広告批評の「反戦ポスター」のコピー 「総理からお先にどうぞ」のコピー 自衛隊員が両側で先きにどうぞのポーズの写真 インパクトがありました 戦争をやろうとするヤツ、戦争で儲けようとするヤツ いろいろ理屈をつけて「戦争好き」ですが 彼らは前線へ行きません
やらねばならない宿題もいっぱいあるでしょうし、 困難も、課題も次々にあります。 そういうものに、無知であるがゆえに、向っていくようなこともしそうです。 夢中になって時間を忘れたり、 大きな人々に混じって遊んだり闘ったり、 ぎゃふんと言わされたりね。 きっと、せいいっぱいやっても、まだ無力でしょう。 そうなんだと思います。 でも、その年齢の、その無力があって、 そのあとの長い年月に耐えられる強さも身に付けられるわけです。 ここからの1年。 これは、なかなかおもしろそうな冒険小説とも言えそうです。 たんこぶつくることを怖れずに、 すり傷切り傷を勲章にして、 ちょっとだけ強がって、大またで進む。 そんなふうになるような気がします。いや、 そんなふうにしていきます。 足もしっかりしてきたし、 たいしたことないなりに知恵もちょっとついた。・・・> とあって、 <あんな背丈の、あんな生意気さの、あんな無力な、あんな可能性をもった、 あんなよろこびを感じ、あんなふうに悲しむ>中学生の時期に ぴったりだなぁと思ったのでした。