もう葉桜
今週末はいいお花見ができたのではないですか? こちらは、もう葉桜に、木々は芽吹き、 これからはもこもこと緑が濃くなります。 毎日新聞の「季節のたより」は3月いっぱいでお終いになりましたが、 最後の句が『故郷やどちらを見ても山笑ふ 正岡子規』でした。 「山笑ふ」季節の到来です。 窓から見た鏡山を見ると、花の道が浮き上がって見えます。 庭先の唐津焼の蟹たちもしっとりとした緑に包まれ始めました。 蓮華草もお目見えです。 ずーーと昔、3,40年前には もっと菜の花と蓮華と麦でそりゃもう子ども心にも 美しい景色が広がっていたものですが。 摘んだあとのブロッコリーは、 なかなか元気で次々に実ってくれます。 我が家のブロッコリーと頂き物の筍のパスタにしてみました。 春の味です。
砧公園の花見はいい花見でした 珍しくちょっと飲み過ぎたみたいです 「季節の便り」終わりましたね 「山笑う」という季語には遊歩作にもこんなんがあります 「晴れ渡り 波間に映る 山笑う」箱根にて、とあります 緑が鮮やかな季節になりました
送別会が続きます。 齢50の両雄ともいうべき、 でも誰が見ても水と油みたいな二人が最後まで深く話すことなく二次会へと、 それでも膝を交えずに終わるかと思いきや、 とうとう二人はビールとハイボールを持ち「お疲れさん・・・」と話し始め、 「方法が、やり方が違っとっただけバイね。」 「生徒たちを思う気持ちは一緒やん・・ ばってん、やりかたが違うったいね。」と話が進んで行きました。 「違う人間がおるけんよかとよね。 クマはクマのやりかたで、紳士は紳士のやり方で、 クマは紳士になれないし、紳士もクマになれないし、 私もクマになれんし、その中で、いろーんな人がおって、 どこに向かっていくかを確認しながら、 あの子たちの前におらんといかんとよね。 クマがいて救われる子どももいるし、 紳士の存在が自分を踏みとどめらせるってこともあるしね・・・・。 けど、もっと早めに普段から普通に話していたらよかったとに。」 と最後の最後でようやく話し始めた二人を前に嬉しくてプチ説教をしました。 いろんな人がいて、いろんな弱点があって、 いろんな良さがあって当たり前だから、 いつどこを見てどういかしていくかなんだろうと思います。
難儀な仕事だよねえ 文科省のバカどもが「ゆとり教育」をやめますって 「ゆとり」の「ゆ」の字も分かってない連中が何をやめるんだろうね 教科書が4割も厚くなったって??? 「ゆとり」てなあ時間じゃあないだろう?「量」じゃあないだろう? ゆとりが無い連中に「ゆとり教育」なんてすすめられる訳無いじゃあない いつまで続くのかなあ、この国の現場を無視した「教育指導」が 一番「やんなっちゃう」のは尚子先生たちだよね
ヨーガンレールの黒いワンピースに真っ赤なストールとマニキュアで 美しく定年退職した女性のように、 私もあと10年後を目指そうと思いました。 で、雄たちがきっと居るはずだから、 彼らと一緒にやっていかなきゃなぁ、 と思う4月のはじめでした。 それにしても、送別会の翌日は、体が自分のものでありながら、 ぐったりとおもうままにならず、つらい1日でした。 明後日は始業式。土日が間にはさまり、 準備期間は3日だけの慌ただしい新学期です。 持ち上がりで3年生を担任する予定です。 きばります。
ドラマや映画を見ていて ジワ〜っと涙が出るようになった 一番嫌な言葉だけど「○○をとったのかなあ〜」 キャバクラの女の子に「おいくつですか?」って聞かれて 「いくつに見える?」って聞いたら「57歳?」 「えっ!」って驚くと「ーーー52歳?」 52歳も57歳も62歳も何の変わりも無いなあ〜と思う今日この頃です 一頃、年を聞かれて「47歳」といいながら、通用しなくなった時から 年齢が人様のものになっちゃった 時々「○○をとったのかなあ〜」と感じる自分に嫌気がさしてます