堪能の日々がフィニッシュ。
27日。寒い。
到着後そのまま下北沢のfogリネンに直行。
獲物を購入後、お茶の水のホテルにチェックイン後、昼寝。
飯田橋。待ち合わせの人々の多いことに驚く。
寒さでまだまだ桜が縮み上がってる感じ。
きーちゃんいなくて、記憶がおぼろげな“なべちゃん=しんちゃん”が見つけてくれた。
あの頃のしんちゃんは、むきたてのゆで卵みたいな肌つやの勢いがあったのに、なんだが、しぶい役をやりはじめた俳優さんみたいになってた。
でも、肌つやのことでは、人ごとではなく、引力に逆らわないこの肌表面の緩み、たるみ。
涙が玉のように転がらず、だら〜と肌に染みこんでいくようになったこの頃。みんなそうなのかなぁ。
アハハハハ。
ピカピカの新車が雨を弾き返すような輝きはなく、くすんで埃と汚れが染み付き、多少の傷も何とも思わなくなった8年物の車の表面みたいな感じ。
絶対、雨を弾き返さないもの。
記憶が徐々によみがえって第一出版の人々の顔も浮かびあがる。
まーくんも登場。
まーくんは80年代から、大鉄マンションの住人でお父さんの栄養管理なんかやってたんだよね。
あの頃の姉貴分で、久しぶりの今もそのまま。ラベンダーの臭い袋を再会の記念にくれた。
神楽坂って、二宮君が演じたドラマの舞台よね、とちゃんんと観てればよかったと思いました。倉本聡氏だったよね。
ちゃんと見てましたよそのドラマ。
倉本聰脚本は見逃しません。
28日。
9時半過ぎに上野の西洋美術館に行ったら、もう既に多くの人々が。中に入ってもなかなか進めず、でもちっちゃいフェルメールの刺繍する女、観られました。
2時間ほどいて、疲れを早くも感じ始めましたが、美術館の男声に新美術館へのアクセスを聞いたら、丁寧に日比谷線乗り場の見えるところまで送ってくれました。ちょっと外に出て気分転換したかったのかもしれません。
が、新美術館にお見えでしたら、すぐそばの東京ミッドタウンの3Fのサントリー美術館も是非どうぞ、と勧めてくれました。
新美術館。ほうと思いました。
ルーブルの企画展には行かず、現代作家のコーナーに行きました。少年時代を過ごした団地の四畳半をテーマにした作家がとても面白かった。四畳半みくじをひきました。
運勢は“賭吉・・・とびきりの夜に欲しい特別な煙草と触れがたい女”“獲物・・手強いほど良い”“駆引・・万端に準備しても駄目”“欲望・・翻弄されるほど燃え上がる”“切掛・・軽いあしらい”でした。
美術館巡りをしていたんだ〜。
ぜひ、出光美術館と大倉集古館に行ってほしかったなあ〜
昼食はサンドイッチとハイネケンですまし、サントリー美術館へ。それにしても、丸ビルや新丸ビル、ミッドタウン、そのまへは何とかヒルズ、そのずーと前はガーデンプレスとか・・・・いったいこんなのいくつも作ってどうするんだろう、高そうなお店ばかり、売れるのだろうかしら・・・、等と
そのあたりの地上に飛びかった一万円を積み上げたらどんな高さになるんだろう、などど考え、薩摩切り子の逸品をみました。
夕方、椿山荘で親戚と落ちあい、早稲田の和食屋で食事。夜、ちょっと時間があったので、兄とEST!で洋酒。そこに謝恩会を終えた甥と合流。二日目フル活動でさすがに大疲労。
29日。朝。椿山荘に集合。ゴージャスな披露宴となりました。スピーチでは“どんどん賞”の勧めをしました。
九州から約40年前に一人で出てきた叔母が頑張ったおかげで、今の新郎はあるのよね、と人とのつながりの不思議について、縁について話しました。
二次会三次会と頑張りました。
翌日、最終日。チェックアウトの後、根津の甥の所へ、“はん亭”のスグ近く。迎えにも来てくれず、マンション入り口で109号のインターホンを押しても出てきてくれず、「どうして、出てきてくれないの?さっきから109っておしてんのに!」と電話すると「107ってさっき電話で言ったじゃん。109の人居なくてよかったよ。居たらどうするつもりだったとよ!」と…。
引き出物の微妙なディニッシュを無理矢理食べさせ、誕生日のプレゼントにポールスミスのTシャツを渡すと「やだ、このシャツ。スキーウェアみたい!もう・・・」と文句言われ、「だって、お店の人がお若いかたは重宝されますよ!インナーにもいいですし・・って言ったんだよ。イイジャン、シックでさぁ。」「もう、なおちやんの言う若いのって40くらいをいってるんでしょ・・」と全く優し気のない会話のまま1時間を過ごし、でも築地までのアクセスをプリントアウトしてくれました。それにしても脱ぎっぱで床が隠れた汚い部屋でした。やれやれ。
そして、築地へ・・・。いやいや、興奮しました。
籠を兄に頼まれたので、私の分も欲しくなり二つ購入。
なんかちょっと恥ずかしくなりました。
で、きーちゃんと合流し、案内してもらい、めし丸までの序奏が始まりました。
波除け神社よかった。四畳半みくじとは違い“大吉”でした。
熱心に拝んだので、おみくじがよかったんだね。
市場の大にぎわいの時間に案内したかったなあ〜。
めし丸では、噂のカッシーさんもおられました。
もうもう、口に入ることのみを目的に分割された厚みのあるマグロやブリや、金目鯛・・・・蟹のみそ汁、金目の煮付け・・・・もう、もう、たまりません。
これなんだなぁ、キーちゃんがずっと通い続けてるのは。
さらに、ご主人とおかあさんの人間力のすごいこと。話の勢いも、料理の出し方も、その合間の言葉の流れのリズムが、憧れの“江戸”風で。すってきでした。
お嬢さんもナオちゃん。私もナオちゃん。嬉しい偶然です。
おまごちゃんもヨウコちゃんのキュートなこと。お母さんの「私の自慢の財産はね、オールウェイズ3丁目の夕陽のあの頃と同時進行にこの東京で積み上げた思い出なの!!この財産がある限り、へこたれたりしないわ!
富でも名声でもないのよ!」って、素敵な表情で打ち明けてくれました。
その表情見てたら、玉のように涙が流れなくっても、しみるような涙の流れ方でもいいんだ、と思いました。
惜しくもお別れの時間がせまり、たくさんを食べ残し帰路につきました。口の中に残る魚の甘み。それだけでまたお酒が飲めそうなくらい。
空港について、チェックインして、トイレに行ったら、もう搭乗が終わりくらいになっており、慌てました。
9時半に家に戻り、報告会を終え、今朝、庭をみると、大手鞠の新緑が早くも始まっていました。
学校の坂道の桜も満開です。
よっちゃんが描いた海藻のデザインが鮮やかに仕上がっていました。
やれやれ明日から新年度。
がんばりますわ。
お世話になりましたぁ。おごちそうさまでした。
皆様によろしく。
めし丸には充分満足してくれたようで
安心しました。あれから毛ガニやら生きたイカやら
おいしいものの連続絵巻でした。またおいで。
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